こころをふんわり軽やかに 日々のあれこれを紡ぎます

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富士山

🎍新年あけましておめでとうございます🎍

新しい年、みなさまいかがお過ごしですか?
いよいよ、世の中が動きはじめました。
恒例の、年運を占ってみることにしました。

ここで、年運というのは、誰か個人特定の、というわけではなくて、
人や物事は、それぞれ深いところでつながって関係しあっていると考え、
私が私の置かれている環境、世界の「2017年の全体運」を占います。

そう、「世界」は広いのです。
日本で生まれ育ち、日本語を操っているというだけで、
文化や環境というフィルターはかかってしまいます。
だから、私が置かれている「世界」の規模は、それほど広くはありません。
せいぜい、日本とそれにかかわる世界、という見方になります。

今年はこれ、いろんな人とやってみたいです。
それぞれの違うものごとの見方とらえ方で、より世界が広がり深まります。
日程が決まったらお誘いさせてくださいませ。

では、始めてまいりましょう。

◆今年のテーマ【恐れ】
何か問題や摩擦が起こったとき、その原因は「恐れ」にありそうです。
理論武装、とでもいうのでしょうか。頭でがっちがちに考えて、
「~にならないよう~べき」と保守的に物事が進んでいく印象を受けます。

◆経済・金融【現実的】
理想とか想像とかではなく、根拠のある数字、とでもいうのでしょうか。
目に見える、地に足のついた、リアルな価値に重きが置かれそう。

◆情報・コミュニケーション(身近な)【復活】
セレンディピティ、と表現すればいいのでしょうか。
今までの経験などで、意味のないと思っていたような、忘れていたことが、
急にこれって、あのときのあれ!というような、価値のあるものになる、
そんな感じです。

◆家庭環境(身近な人間関係)【カルい】
浅い、のかもしれません。言動が軽い。ある意味気楽。
いい悪いではなく、というか、どうでもいい。
だから、ふりまわされそうだしふりまわしそうなのだけど、
軽いので、その必要はないと思います。

◆レジャー・娯楽【解放】
もっと冒険してもいいようです。
できます。
同じ阿保なら踊らにゃソンソンです(笑)
もっと弾けて、自由に。

◆健康【様子見】
風邪薬のCMで、よく「早めの~」と言いますが、
あれは、即効性があるというよりも、先に原因に対処しておけば、
あとは自分の体力、自己治癒力でよくなっていくためだそうです。
この、自己治癒力に目を向けてみるとよさそう。
ヨガとか、普段の養生で、じっくり体を作っておくのも◎

◆結婚・契約【成就】
昨年があまりにも…だったのだけど、
今年は、幸せなニュースがたくさんありそうな予感。
結婚だけに限らず、いい話が結ばれるという意味でも、
心から祝福できそうな、素敵な結びつきになりそう。

◆財産・景気【公明正大】
「器」が問われるときです。
身内(家族や社内、事業グループのメンバー、大きな意味では業界)に、
恥じない振る舞いをすることが、何よりの「財産」になるのでしょうか。

◆海外・学問【堅実】
ともかくまじめに。実直に。
大切にしたいこと、目的をしっかりと持って臨むことがポイント。
じっくり丁寧に、堅実な考え方を持っておくとよさそうです。

◆仕事・労働【基盤づくり】
「海外・学問」でのまじめさ、堅実さは、既に進んでいる感じなのですが、
こちらは、今から準備する段階のようです。
しっかりと、信頼関係を築いておくといいかもしれません。

◆人間関係【下剋上】
上下関係、主従が変わるという意味もありますが、
立場が逆転するイメージです。
人間関係のあれこれは「処理」とは言わないと思うのですが、
「処理」という言葉を使ってしまいたくなるくらい、
出会うこと、出会った人とのお付き合いが煩雑になるのかもしれません。
そうした過程の中で、大切なものの優先順位を間違えてしまうと、
あれ?ということになる、ということなのだと思います。
誰かにとって代わられる、というよりも、押しつぶされるのかも。

◆課題【若さ・幼さ】
ここまで占ってきて、今年はどうしても「薄さ」「浅さ」「軽さ」を
感じるのですが、それをまとめると、「若さ」になるのかもしれません。
そこで大切になるのは、「まじめさ」「誠実さ」「真剣さ」のようです。
例え未熟だとしても、それを知っていて逃げないこと。
知らない(知らなかった)のだから仕方がない、ではなく、
理解すること課題になっているようです。

昨年も書きましたが、
当たるも八卦、当たらぬも八卦。
今の思いが、明日という未来を変えるかもしれないのだから。
じゃあ、占いって何なんだよ?って突っ込まないでください。
誰かの心に、優しい灯をともすためのもの、です。

これを書き込みながら、具体的にあれがこうかもしれない、と個人、仕事、社会といろんなレベルで
具体的な予想をするにはするのですが、
今、このときに、こうだからって、この1年がそうなるとは限らない。
もう、この瞬間から、どんどん運勢は変わっていくのだから。

今年も笑顔でごきげんよう。
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今年も残すところ、本当にあとわずかとなりました。

お蕎麦も食べて、家族で紅白を観ながらまったりと過ごしていますが、
今年最初に占った、今年の雰囲気前半について、
改めて振り返ってみて、びっくりしています。

ちなみに、占った結果がこちら↓↓↓

一番びっくりしているのが、「モラルの欠如」で不倫、浮気問題を
取り上げているところ。
いわゆる「ゲス不倫」が発覚したのは、占った2日後です。

普段、年運は、これ、と特定の出来事に絞り込まないようにしているのが、
これだけは、明記してしまったくらい、
当時は、何かキャッチしたものがあったのかもしれません。

他にも、東京オリンピック、築地、トランプ氏の当選などに関わりそうな
メッセージが出てきていたのではないか、と思います。

最近、カードリーディングはほとんどしなくなったのですが、
目の前にあるカードから、今、昔、これからを読み解くことは、
ただ、読むだけではなく、そこに自分がちゃんと立って、全て物事から
感じる、ということのような気がしています。

それは、一部の占い師やセラピストができるものではなくて、
本来であれば、誰もができることだと私は思っています。
ただ、忘れているだけ。

少しずつ、まずは自分から、目や手が届くところから幸せになっていく。
来年も変わらず、でも確実に。

そう、来年は、皮切りに、このリーディングを一緒にやりませんか?
そこが、始まりかもしれません。

みなさま、来年もよろしくお願いいたします。
よいお年を~♪
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ごきげんよう。

昨年から、占い師、エコロジカルシンキングゲームファシリテーターとしての活動を始めて、
その名刺を作ってはいたのですが、
地域活動をしているときに、セラピスト系のみの名刺では、
つまり何をしている人なのか、わかりにくいと思っていました。

もちろん、会社の名刺なんて、全くそこにいる私じゃない(笑)
でも、どれも私なんだけど。。。
「山本さんって、何してる人なん?」
と聞かれることも、よくあります。


私 は 、 何 者 だ ?


改めて、私はこういう者です、という「肩書き」がないなあ、
何をしていても、私は私。
だったら、名前だけでいいか。

なんて、facebookでつぶやいていたら、
焼き絵アート(木に焼き色を付けて絵を描く)などの活動をされている、
YENちゃんが、「よかったら話を聞きますよ」と言ってくれて、
思い切って相談したのです。

私の勝手な思い込みで大変申し訳ないのだけど、
アーティストさんって、感性のカタマリだと思っていて、
名刺だって、直感とかひらめきとかで作っちゃうのかと思っていたのです。

ところが、
やっている活動、内容、そこから受ける印象、私自身の思い、ありたい姿、目指すところ…
ものすごく深くヒアリングしてくださって、それいい、使えそう、と一致したところを見つけては、
とっちらかっていた私が少しずつカタチになって、名刺の上に出来上がっていきました。

ああ、これがデザインってやつなんだなあ、
そういえば、占いでも、エコロジカルシンキングゲームでも、この、
ごちゃごちゃしたものを突き詰めて、シンプルにする作業ってしているかも?
以前、ガーデンデザインの講座を受けたときも、描くよりも現状の把握と分析のほうが大事、って
おっしゃっていたけど、本当にそのとおりかも。

そして、できたのが、写真の名刺です。

YENちゃんは、私のいろいろな活動をみて
「おかあさんのあたたかさ」「大地のあたたかさ・ぬくもり」
そして、
「寒い日の一杯のお茶」
のようなイメージを受けたそうです。

うん。母なる大地になりたい。
どこでも片隅でしっかり根を張って、強くかわいく咲くたんぽぽでありたい。
小さいけれども、1つ1つ花を咲かせて、ふわあっと飛んでいくのを、
ぼーっと、飛んでったねえ、とぽかぽかしたお日様の下で見守りたい。

そしてまた、どこかで、花が咲き、種を飛ばし…
自分の花もまた咲いて、種を飛ばし…
と、循環していきたい。

輪に描かれたたんぽぽに、ちゃんとその思いを表現してくれています。

YENちゃんって、アーティスト的感性を、言葉と形にできる人だなあって、
改めて思いました。

裏面には、活動と、資格を載せてもらって、
このブログのプロフィールページに飛ぶようにQRコードを載せました。
これが、たんぽぽの花のひとつひとつなんだなあ、なんて思っています。

みんな違うようで、私。
重なっていないようで、つながっている。
いつか、それをもっと的確に表現できるようになりたいな。

お会いしたときには、是非、もらってやってください。

最後になっちゃいましたが、改めて、YENちゃんに感謝。
ありがとうございます。

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ごきげんよう。

先日、こんなフォーラムに参加してまいりました。

大学を卒業して、いわゆる「社会人」というものになってからずっと、
「勤め人」+αで、地域のNPOに参加したり、地域団体に所属したり、
サークルや団体を立ち上げちゃったりしてきた私。
(そもそも大学時代も、学生+NPOスタッフだったわけだけど…)

だけど、このままでいいのかなあ?これでいいのかなあ?という、
なんとなく不完全燃焼で、もやもやしている自分がいて、
「その道」の先にいらっしゃる方のお話を伺ってみたかったのです。

お話を伺って、共通していたのは、どの方も、
ご自身の身近な出来事の経験、体験から得た課題が、今の活動、仕事に
つながっていること。

だからって、若いうちからそうなろうと決めてしたわけではなく、
ある時、目の前で起こった出来事、経験がきっかけになっていること。

いろんな人を巻き込んで、関わっていること。

そして、私が今感じているような不安(お金とか将来とか)もあったけれど
やりつづけていること。
漠然と、ではなく、試行錯誤をしながら。
やりたいことを、やっていること。

生きていること、生活することと、仕事が、つながっていること。

ソーシャルって、社会的なのかもしれないけど、実は自己中心的で、
基調講演(貴重な対話、とのことでした)でもお話がありましたが、
自分を中心にした輪が、それぞれの輪と重なりあって、
その面積がどんどん広がって、動きができて「社会的な活動」になり、
事業となり、事業体、組織ができあがる。
そんな感じがしました。

私がもやもやしていたのは、
会社員をしながら、いろんな活動を、つまむように関わっていることに対しての不安でした。

毎週行きたいのに、最初から参加したいのに、できない。
休む間もなく忙しいわけでもないのに、毎日9時から18時まで拘束され、
通勤だけで往復2時間は使っている今の自分に対して、
仕事そのものは好きだし、このような働き方を選んできたにもかかわらず、
このような、自分が本当はその中にいたいと思っていた世の中の流れから、
ゆーっくり離れているのではないか、っていらだちさえ感じていました。

だけど、それも、生き方なんですよね。
社会へのかかわり方は、いろんなものがあっていい。
お金になるもの、ならないもの、
がっつり関わること、ちょっとお手伝いすること、
いろんなことがあって、どれがよくて悪くて成功で失敗とかじゃない。

もちろん、「口ばっかりでやらない」のはどうかと思うけれども、
できないけれど、どうにかしたいことを、
どうにかしなきゃ、なんとかしなきゃ、どうしよう?なんて
自分ひとりで抱えようとしないこと。
そのために、たくさんの人と出会うこと。

本当は、懇親会に参加する予定ではなかったのですが、
やっぱり参加したくなって、何人かの方とお話ししていると、
同じようなところに共感されていたり、問題意識を持っていたり、
思わぬ出会いがあったりと、とても刺激的な時間になりました。

さて、これからどうしよう?
…早速、主催イベントの告知を立ち上げ、
仕事を休んでチラシを配ることができないので、いろんな人に声をかけて
お願いすることにしました。
まだ、別のイベントが2つあるんだけど、これも随時。。。
このお話は、また別の記事に☆


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書こうかどうか、迷ったのですが。。。

私は、コーチングが、嫌い(苦手)です。

いや、10年前、コーチをつけていたときは、
本当によかった、と思うことがいっぱいありましたし、
先日のお試しセッションも、自分の思い込みや思考癖がわかって、
なるほど、と思ったのです。

だけど、今の私は、コーチングを受けようと思わなかった。

先日、ある飲み会で、ビジネスコーチをしている人に、
思い切ってぶつけてみたのです。

そこで、わかったことがあります。

一番大きかったのは、
コーチングスキルを学んで使っている人との会話に嫌気がさした経験が、
苦手意識を生み出した、ということ。

「聴く」ためのスキルなはずなのに、スキルを試している感が満載で、
学んだスキルを使ってみたいんだろうなあ、聴いてくれてないなあ、
って思ったことが何度もあるのです。

最近は、言っても最後は前向きに終わらせるようにしている愚痴も、
かつては、悩んでるのよねえ~とぐちぐち言ってしまうことがあって。
別に解決したいわけではないのに、コーチングの手法を使って、
「それは何が原因だと思う?」「本当はどうなりたい」なんて言わても。。。

あと、その「伸ばしたい」「よくしたい」という思いが強すぎて、
コーチとして、私の言葉をとらえるまではいいのですが、
それならこうに違いない!と、気が付いたら本当に私が考えていないような方向に話を進めていかれた(進んでいったのではなく)こと。

これって、コーチングを学びました、という人だけでなく、
仕事でコーチングやってます、という方で、そういった方がいらしたのは、
残念ながら事実ではあります。

正直、うんざりしますし、
今、私はあなたのクライアントではないんだけどな…みたいな。

コーチングって、「やってあげる」ものではなく、
課題を解決したい、目標に向かって進みたい、と思って、「何とかしたい」
と思っている人にするものだと思います。
たとえ、コーチングすれば、この人はもっと伸びる!と思ったとしても、
本人が、変化を求め、それを手助けしてほしい、と思わなければ、
百害あって一利なしだと私は思うのです。

話を聴いてくれた、ビジネスコーチさんはおっしゃいました。

コーチという仕事をしていると、相手が発する言葉には敏感で、
その言葉をクライアントさんが使うのは、本人も気が付いていないような、
理由があるのではないか、と、どんどん質問を続けるんです、って。

それはわかります。
占いをしていても、クライアントさんの言葉には反応してしまいます。

私は、その「質問」が、怖い、と思ってしまうことがあります。
何かに気づきたくない?それもあるのかもしれません。
変わること、今の自分が想像できない未来がある、ということに気づいて、
ビビっているのだとも思います。
その恐怖が、「そこに行きたい」という気持ちより勝ったとき、

私の気持ちを置き去りにして勝手に進められてのではないか?

という疑念が出てきてしまうのです。

簡単にエネルギーとかって使いたくないのだけれども、
聴きますよ、という姿勢から、松岡修造ばりの(笑)
「あなたならできますよ」「これで変われますよ」
というような、熱い思いの中に、
変わる方向に導かなきゃ、何か引き出してつかんでみせる!みたいな、
それってベクトルが自分自身に向いていない?
という作為的なエネルギーとか駆け引きを少しでも感じてしまうと、
私の心は、静かに閉じていくような気がします。

気づかないことに気づいて進んでいくプロセスだからこそ、
小さな問いの繊細さが、とても大事になってくるのではないでしょうか。

さて、ここで、コーチングらしい質問(笑)

「じゃあ、どうしてほしい?」

私の発したその言葉には、何か大事なことが隠されているような気がする、
だから、その言葉について、私の思いをもう少し聞きたい。質問したい、
と言ってもらえれば、安心して答えられたのかもしれません。

そして、私自身も、もやもやしながら進んでいくときに、
「その質問の意味や意図がわからなくて答えづらい」
と言えたらよかったのかもしれません。

先日も、某所で、コーチングスキルを紹介されていて。
周りの人は、いっせいにペンを取り出してメモをとっていたのですが、
私の違和感センサーが働いて、メモをとる気にもなれませんでした。

人と人のコミュニケーションは、スキルを知っていれば円滑だけど、
コーチングスキルは、相手に寄り添うフリをして、人を動かすスキルではない、ということ、
双方の合意があり、向き合える(いや、同じ位置で同じ方向を向く、という意味で、同じ目標に向き合える)ことが大事なのでは?
という思いを強くしました。

できれば、その、双方の合意を形成するところを、
実は激しい人見知りの私は、もう少ししっかりしてほしいなあ、
なんて思うわけで。

タイトルは、嫌い(苦手)と書いたけれども、
結局は、嫌い(苦手)だと思い込んでいる中に
私自身の課題が多分に含まれているわけで、

そんなこと言っちゃいけないのかな?
コーチングを嫌いなんていう私は、進歩できない人なのかしら?
なんて思って、押さえこんでいた気持ちのまま上書きしようとするけれど、
上手くいかなかっただけで、
ちゃんと「苦手なんです」と言えたことで、
解決の糸口を見つけられたような気がします。

あ、ちなみに、ビジネスコーチさんから、

山本さん、コーチング受ける必要なさそうですやん。

と言われました。
ええ。結局、セルフコーチングをしてしまえるようで、
もっと効率よく?スピードが出て、やりやすい方法が別にあるのかもしれなくても、
私が、納得してそうするなら、コーチはいらないっしょ?と。
いや、違う視点はほしいんだけどね。

書けたことで、ちょっとスッキリしました。
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