こころをふんわり軽やかに 日々のあれこれを紡ぎます

2017/07123456789101112131415161718192021222324252627282930312017/09

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
こんにちは。

突然ですが。

ブログをリニューアルしました

まず、今まで全てにおいて「まや翠」というセラピストネームを使っていましたが、
本名の「山本玲子」を名乗ることに決めました。

ただ、タロット・カラー・数秘術においては、今までの実績の中で
「まや翠」がお客様やセラピスト仲間には定着していまして、
「まやさん」と私を呼んでくださる方が大勢いらっしゃることも事実です。

なので、イベント、セラピーセッションを行う場合は、
今後も「まや翠」を名乗り続けます。

それに伴い(いや、どっちが先かといえばどっちも一緒なのですが)
このたび、屋号を決めました


coco fuwa(ここふわ)

申します。

頑なになったこころをふわっと軽やかに
自分の方向性を見つけるお手伝い

親との関係などから、ずっと好きでいられなかった「れいこ」という名前を、
気持ちごと、言霊鑑定してくださった 言霊鑑定士の丸田みどりさんに、
私の名前と、その課題をカバーしながら、
仕事としてやりたいこと、方向性も意味合いに含むような屋号を、とお願いして、
こんなにステキなお名前が生まれてきました☆

何で今?
ここまでには、結構いきさつがあるのですが、それはまた次の機会に。

新月にあわせて、こうしてトントンと物事が進んでいくこと、とても幸せです。
ひとまず、ご報告まで


ペタしてね

スポンサーサイト
子供時代の私は、親の期待に応えることが当然だと思っていたので、
成績はもちろん、学級委員やクラブの部長などなど、母が認めてくれるのならやらなくてはいけない、
と必死でした。
できないことは、負け。自分の価値がなくなる。
だから、何をしても、感動することってあまりなくて。

そして、自分が認められないのと同様、
周りの人に対しても、肩書きや成績で、ものごと見るようになっていました。
それでいて、すごく仕事ができる人、頭のいい人、魅力的な人と出会うと、
自分の影を強く感じ、それがイヤで、素直に自分を出すことができませんでした。
誰かに褒められても、素直にそれを受け止められず、
心の奥底に、ねたみとかひがみ、劣等感を常に抱えている、イヤーな人間でした^^;

今でも時々、ひょんな拍子に、この感情が頭をもたげて苦しくなりますが、
ある種のトラウマ、というものですね。

それに気がつくようになったきっかけは、
もう、体も心もボロボロで、専門家の手を借りなければどうにかなりそうだった頃に通った
心療内科でのこと。
先生が、月に1回くらいの間隔で作っていらした新聞に、

「治そう、直そうと思うのではなく、それが自分だと受け入れて共に生きていくこと」

と書いてありました。
これを読んだ瞬間から、どんどん作用が強くなり、常用性もできてきたお薬を、
飲まなくてもすごせる日が少しずつ増えてきて。
あっという間に、薬のお世話になることはなくなりました。
病院に行くことも。


そして、夫は、そんな私を黙ってそんな受け入れてくれていました。


彼は、私が話し始めると、見ていたテレビを消して、私のほうを向いて話を聞いてくれました。
(今ではお互いそんなことないんだけど^^;)
多くを話すわけではないのだけど、いつも、そうか、なるほどな、と的確な言葉を返してくれて。
子どもの頃、母親に話しかけると「そんな話はどうでもいい」とさえぎられていた私は、
そんな夫に「ごめんね」と言っていたのです。
夫の大事な時間をとってしまって。

その頃、私は、友達から紹介されて、コーチングを受けていました。
子育てサークルや、ベビーサインの仕事など、やりはじめたことがいっぱいあって、
何とか上手くいけばいいなあ、と思って。

そのコーチに、夫の話をすると

「山本さんには、ご主人というすばらしいコーチがすごく身近にいていいですね」

とおっしゃって。

そうか!私には、私を理解して受け止めてくれる人が、こんなに身近にいる!

その後、夫の夕食が1品増えたり質が上がった、ということはないのですが(笑)
感謝と尊敬の念は、今でも持ちつづけています。

そういった、自分の素をありのままうけとめ、思い切り吐き出せる場所や人があること、
気づかせてくれる、助けてくれる仲間がいること、
自分と向き合える、タロット、数秘術、カラーセラピーやパステルアートなどのセラピーによって、
そんな自分を受け止め、コントロールする手段があることを知ったことで、



私は私で、ちょうどいい


自分サイズで、人生を楽しむ主人公として生きる楽しさがあるんだよ、ということを
私自身が実感したからこそ、お伝えしていくことができています。


なんだかよくわからないけどもやもやするとき、
心がスッキリ軽やかになるように、
いろんな人にも、その感覚を実感してほしい。

ありのままを受け止め、吐き出してもらえる存在になりたい。
そして、1人1人が、今の時代に役割を担っている大事な存在なんだよ、
それを知って、自分が心から望む人生を歩みはじめるお手伝いをしたい。


まや翠のセラピーは、ここから生まれました。

少し前まで、私は心の底から達成感を味わったことがありませんでした。
何かをしても、「こんなものか」ならまだマシなのですが^^;
「あそこを失敗した。間違えてしまった」「ダメだった」
と、絶えず後ろ向きで。

それでも、やらなきゃいけない、やろうって続けられるのですから、
ある意味すごいなあと自分でも思いますし(笑)
続かなくてもそれは仕方がないだろうとも思うのですが…

そんな私の自己肯定感の低さは、親子関係にありました。


長女だった私は、親(特に母親)から、過剰なくらいの期待をかけられていました。

弟がテストが70点だったと褒められているのに、
私は80点とっても褒めてもらえず、100点は当たりまえ。

ピアニストかピアノの先生にさせたいという親の希望に添えず、
15年以上続けていたピアノレッスンを辞めたとき、
「あんたには期待していたのにダメだった」
と泣きながら言われたこともあります。

この「ダメ」、小さい頃からしょっちゅう聞かされていたのです。
あれしちゃだめ、これしちゃだめ。
あれをしなきゃだめ。

一番最近で記憶に残っているのは、子どもを産んだあと、
「母乳で育てないとダメ」

その言葉に、今までの人生で積み重なってきた私の心が反応し、
プレッシャーから、言われた2日後に母乳が出なくなりました。
母乳外来に行ったり、マッサージをしてもらったり、
いいという漢方も飲んだけど、効かなかった。

そんな私に助産師さんが
「お母さん、もう十分おっぱいをあげたと思うよ。
赤ちゃんのためにこれだけやったんだから、もういいんじゃない?」
って言われて、ぽろぽろ泣いたことがあります。
(実はまた母乳が出るようになったのですが、
育ち盛りの息子には足りなかったのです)

そこで母がまた言うのです
「母親失格ね」

私は、1人の母親として、母に言いました。

母乳があげられないからって、可愛そうな子どもじゃない!
自分の孫をかわいそうな孫にするのか?
失格な娘の子だと思っているのか?
母親失格な娘に育てたのは親の自分だと認めるの?

あの後、母が何といったのか、私は覚えていないのですが、
おそらく、話を違う方向に逸らされたのだと思います。

母を責めるつもりはありません。
母なりの、私に対する愛情表現で、よかれとおもって言っているのに、
それに従わない私に対する苛立ちが、言葉になってぶつかってくるんですよね。

自分が親になって、なんとなく、母の気持ちがわかるようになりました。
そして、母を許すことも。

それは、私自身を許し、認めることにもつながりました。

私は、こんな母親にはなるまい。
子どもの話をよく聞き、子どもの興味や関心を受け止めて、
息子ならではの才能を伸ばせる親になろう。

そう思っても、「育てられてきたように育った」私は、
母と同じ様なことを息子にしている自分がいることを痛感するわけで^^;
イヤーな気分になることもしばしば…

だけど、それに気がついて、自分が悲しむ自分であることを受け止めて、
じゃあどうすればいい?とリカバリーしていくことで、

私は、私自身をもはや母のせいにするのではなく、自分で作って行くんだ!

ということへの気づきにもつながりました。

結局は、私自身が、母の言われるままの人生を生きることを選択していたのです。
共依存、というのでしょうか。
母の期待に応えようとすることで母を満たし、やっている「つもり」になり、
できないところは、母のせいにする…

そうじゃないよね。

私は、私の人生を自分の力で生きる力を持っている


かなり大人になってから、気がつきました。


頭の中では思っていても、まだ心はつい「でも」「だって」へ…
そこで、いろいろな出会いがありました

(つづく)
中学生の頃、お小遣いでカードの付いたタロットの本を買ったのが、最初のタロットとの出会いでした。

既に絶版になっているようですが、まだ手元に解説書付で持っています。

友達や自分の恋愛のことなどをよく占っていた、ありがちな青春時代でした。
それが結構当たっていて、楽しかったのだけど、
タロットって、決して本人が思わしいことばかりが出てくるわけではなくて、
親友と彼氏の破局がカードに出てきたときは、さすがに気まずくなって。

そしてあるとき、夫とお付き合いをしていたとき、
気になって1人で占ってみたところ、結婚を暗示するカードが出てきて、
怖くなって(若かったしね・笑)

それから何年もたち、進学し、就職し、本当に夫と結婚し、子どもをもうけました。
穏やかで、楽しくて、シアワセな生活を送っているような気がする。
だけど、何かこう言い知れない不安と焦りが私を覆うのです。

当時の私は、イエの呪縛(と私も思い込んでいたもの)から解放され、
ものすごく前向きに、新しい人生を送りたくて仕方がありませんでした。
(プロフィール「私のルーツ1」「私のルーツ2」を参照ください)

子どもがまだ小さいうちから、子育て支援の支援する側になったり、
サークルをたちあげて仲間を作ったり、いろんな勉強をはじめたり。

何かを変えたい、そう思ってコーチングを受けはじめたのも、この頃でした。

コーチが、いろんなカードを紹介してくださり、受けてみることで、
カードとコーチングを通して、より自分のホンネの部分が出やすくなったり、
気がつかなかったことに気がついたりする不思議を経験する中で、
(今でこそわかりますが、当時は不思議だったんですよね…)
コーチから紹介してもらったタロット占い師さんのセッションを受けることに。

スピリチュアルコーチの珠帆美汐さんのサイトはこちら

忘れもしません。
年があけ、いよいよ松も明けるかという頃、タロットセッションを受けて、
体も心もかなり楽になって、どんどん自分の力で前に進もうとしはじめている自分がいて。
思わず、過去のタロットへの興味が頭をもたげて
「私もタロットできますか?」と聞いてしまったくらいです。


さらに。
翌日から望んでいた仕事の話が舞い込んできたり、スムーズにものごとが運ぶようになって。


当時も、私がしたいことは、「誰かの役に立ちたい。人を元気にしたい」でした。
コーチングを受け、それをどんな形で実践していくのかを模索する中で、
占い師さんから言われた私の人生のテーマは、「表現して伝えること」のようです、と。


私自身は、決して上手な文章を書いたり、話すのが上手いわけではありません。
だから、その話にもピンとこなかったのだけど、

「講師の仕事、学童指導員の仕事だって、自分の知っていることや情報や思いを伝える
ことじゃないの?」

と言われ、
ああ、上手下手にこだわっているだけで、本質はやっぱり

「人に何かを伝えることなんだな」

と思ったわけです。

あの、自己肯定感の低さのカタマリのような私が、
その占い師さんがおっしゃる

「やればできるんだ、人生に不可能はないんだ」

にすっかり魅了され、私もこんな占い師さんになりたい!と思い始めてから、
あっという間に、家でも受講できるオンラインの占い講座を見つけて受講をはじめました。

ネットで学べる講座ナレッジサーブ「これならできる!丸暗記しないタロット入門講座」
講座を主催しているアレクサンドロ原田先生のHP


子どもの頃、通信講座が定期的にできなくて、いつも辞めてばかりだった私が、
毎日、子どもが寝て、時間を作っては、のめりこみました。
何度も質問をし、その都度、先生は丁寧に答えてくださったのも、モチベーションがあがりました。

そうしていたら、なんと、先生が大阪に講座に来ていらっしゃることが判明。
子供が小さく(覚えていないけど3歳くらい)、夫は土日祝は仕事のサービス業。
まさか「占いの勉強をしたいので、子供預かってください」と近所の義両親にいえるわけもなく、
(言いにくいと思っていたんですよね。私)
おまけに、夫からも「ホンマにそれは仕事にできるんか?続けられるんか?」と言われ、
私の胸は痛むばかり…

だけど、結局、行っちゃうのです。
夫に仕事を休ませて(笑)

その頃には、占いなんて胡散臭いと思っていた夫が、

「なあ、今日は出かけたほうがいいかどうか、占ってや」

と冗談交じりで言うようになり、
こちらも冗談まじりに簡単に答えてあげると、

「そうやねん。でもなんでそんなこともわかるん?」

と不思議がり、そんな繰り返しが、タロットを(する私を)認めるきっかけになったのでしょうね。


「無理に違いない」と思っていたことが、少しずつ、可能になっていく瞬間を何度も経て。
極めつけは、最初に出会ったたまちゃん(珠帆美汐さん)に占っていただいて

「もう時期がきている。今のあなたならできる。すぐに占い師サイトでも占いの館でもいいから、
連絡をとって面接を受けたらいいですよ」

と言われて、セッションが終わったその手で、占いサイトの募集ページを開いて、送信。
その2日後には、合格。晴れて、プロの占い師になってしまいました。

占いデスティニー(私はMAIAという名前で出演してます)


私のタロットのスタンスも、このお2人の先生の考え方に共感したところが大きいかも。


当たる・当たらないというよりも、
その人の魂が一番いい状態に輝ける生き方を見つけていくこと。
自分の力で気がついて、前に進むパワーを内側から引き出すこと。


「本当に私にできるの?」「きっと無理に違いない」っておびえる私もいるのですが、
えいっ!と踏み出せる力を持っていたのも私。

こうして、私の、タロットセラピストとしての道がはじまりました。
いっつもタロットのことばかりなので、
たまには、他のことも書いてみたいと思って書いています。

色は、人にいろいろな影響を与えていて、
それを用いて、カラーセラピーが行われています。

たまに、カラーコーディネート的に、「似合う色を探すんですか?」
と言われることもありますが、
似合う色っていうのは、その人の「見た目」が一番魅力的な色で、
カラーセラピーで扱うのは、そのときに気になって選んだ色から、
心や体がどんな影響を受けているかを探って知っていく、というものです。

好きな色、と言われる人もいますが、
うーん、それでもいいけどちょっと違うかな?

体や心の状態によって、気になる色が違ってくるんですよ。不思議と。
だから、好きな色ほど固定していないんですよね。

セラピーをしていると、
どうしても、好きな色から離れられずに選んでしまう人もいますが、
それはそれで、どうしてその色が好き=気になっているのか、ということでも
考えられるので、それはそれでいいのかもしれません。

さて、ここで、私の名前、まや翠なのですが、
この名前の由来って、タロットのワークショップに参加したときに、
一緒に受講していたみなさんから「まやさんは緑色、それも明るい、翡翠の色っぽい」
と言われ、「まや翠」という名前が生まれました。
へぇ、そうなん?と思っていたのですが、その後、チャクラ写真を撮ったときに、
一番外のオーラが、まさに明るい翡翠っぽいグリーンで、びっくり!

ちなみに、パーソナルカラーでも、スプリングな私は、
緑色でも、若葉のような明るい色とか黄味かかった緑色が似合うらしいです。
でも実際持ってるのは「森ガール」的な緑が多いわ(笑)

黄緑、といってしまうと、ちょっとまたニュアンスが違うような気もしますが、
セラピー的には、若葉の感じで、これから伸びていく感じで出発、始まりとか、
新しくて初々しい、ピュアなカンジですね。
伸びていく、ということで、上昇志向が強かったり、新しいもの好き、革新的、
というようなイメージもあります。
だから、好奇心も知識も情報を手に入れることも、大好き!

ただ、行き過ぎると、先へ先へ!の気持ちに疲れてしまったり、
目標を失うと、バランスを崩してしまうかも。
自分が手に入れたものを評価されないことを気にすることもあるのだとか

カラーセラピーやいろいろなセラピーでも面白いのは、
その人がいろんな色や特徴、側面を持っていること。

私のこの「ミドリ色」、みんながそういうし、そうなったらいいなあと思うし、
まあそんなところもある…んですが、
「好き」かといえば、対して好きな色ではなかったりします。
本当に好きなのは、赤紫、ディープマゼンタ、えんじ色。
深い赤色が好きなんですよね。

これってね、ほぼ逆の色なんです。捕色っていうのかな?
そういう意味では、もともとの自分に、この色を補っているってことで、
すっごくバランスとれてるかもしれない(笑)

でも、オーラの中心の色は、青緑~青色なんです。

どれも、私。
その時々によって、いろんな色、いろんな私があるんだなあ、ってわかると、
自分で、今どの状態だってわかるから、ちょっと楽になります。

タロットもカラーセラピーも、別物のようで、
自分を知るっていうことには変わりがないなぁ、なんて思いました。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。