こころをふんわり軽やかに 日々のあれこれを紡ぎます

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朝焼け

今日は冬至でした。

ミニ養生セミナーで教えてもらったとおり、
お日様と一緒に起きると、今日は7時過ぎに起きることになります。
間違いなく遅刻します。
でも、実のところ、そのくらいまで寝ていましたが(笑)

通勤電車に差し込む朝日の、なんと神々しくてまぶしいこと。
まさに陰極まって陽となす日を象徴するようでした。

そう、昨日の晩は、まさに、陰が極まった感じ。
自分の中にうごめく、あまり人には見せない、見せたくない、
何なら、自分でも意識していないような部分がぶわっと出てきて昇華する、
そんな感じでした。

その一つが、「逃げ恥」。
そう、あのドラマの、逃げるは恥だが役に立つ、の
アラフィフ女子、百合ちゃんのあのセリフ。

私たちの周りにはね、たくさんの呪いがあるの。
あなたが感じているのもその一つ。
自分に呪いをかけないで。
そんな恐ろしい呪いからは、さっさと逃げてしまいなさい。

20代ポジティブモンスター(笑)から、若さのマウンティングで
ケンカをふっかけられたときのセリフ。

若いことに価値を見出していることは、
いずれ向かっていく老いという未来を切り捨てること。
ドラマの中では若さという価値観について話していましたが、
これって、いろんな価値観に対して、同じことが言えそうですよね。
それは、呪いだって。

私は、「こうじゃなきゃいけない」と思いがちな性格で、
「だから私はダメなんだ」って思いがちで、
すっかり自分に呪いがかかちゃっています。

そんな呪い、たくさんかけてきたような気がする。
自分にも、周りにも。

百合ちゃん自身も、自分の年齢、恋愛経験で自分に呪いをかけてきたことに
言いながら気が付いているんだろうな、と感じるあたりも、
フィクションであっても、人の描写のきめ細かさ、リアルさがあるから、
はっとさせられたり、キュンキュンしたりしたドラマでした。

何かに思いつめたとき。
しんどいな、面倒臭いな、つらいな、と思ったとき、
この「呪い」を自分にかけていないか、ちょっと考えてみると、
もっとのびやかに自分の人生を生きられるのかもしれませんね。

そんなことを思えたから、今日は、なんとなくスッキリと新しい日に感じたのかもしれません。


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行きたかったところもあるのだけど、
予算の都合で、今日も町内から一歩も出ない生活。

子どもカフェでご飯を食べて、おしゃべりをして、
木漏童ingでクリスマス会のお誘いを頂き、
まんまるうさんでおやつを買って、
部屋の予約をしに福祉センターに行って、
玄関先に知っている人がいると思ったら、
中から出てきた方がみなさん知っているお顔ばかり。


山本さんやんね?前から声をかけようと思っててんけど…
と声をかけてくださった方は、
息子がまだ小さいとき、仕事が終わって迎えに行ってから、
毎日のように病院に通っていた帰りに、よく立ち寄った魚屋さんの奥さんでした。


へとへとで、これから家に帰ってご飯を作らなきゃいけないの?というときに、
ご夫婦で温かいことばをかけてくださって、
お惣菜をちょっとおまけしてもらって、
息子も私もほっとして帰路についたものです。

こちらのお魚屋さんも、
息子のお食い初めの鯛や、毎年のいかなごを買っていた
今日、子どもカフェにいらしていたお魚屋さんも、
みんなお店をたたんでしまわれました。


みなさん、高齢になられた、ということもあるのですが、
商売と関係なく、こうしてお話ができて、
夫がそうであるように息子のことを、
「ヒゲが生えてなくてツルツルのときから知ってる」
まちの人がたくさんいるって、ちょっとうれしい。

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ごきげんよう。

夏休み、最後に満喫したのは、
「第1回 居場所サミットin神戸」

とはいえ、息子を迎えに行く時間の都合上、
最後まで参加することはできず、ワークショップのまとめが
どのようになったのか、わからないのですが…

なので、私が思ったことを、書くことにします。

居場所サミットは、主に神戸市で、「居場所」事業を営んでいる団体、
これから事業にかかわりたい人、参加している人などが集まって、
実践例や情報交換、交流をする会でした。

チラシに書いてありました。

※「居場所」とは:人々が交流を目的として集まる場所で、気兼ねなく自分を解放してくつろげる場所。  
じぶんが居ることを認められている場所。
あるいは役割のある場所。

今回私は、「甲南まちなか食堂」でもお世話になっている、
東灘こどもカフェの一員、という肩書で参加しましたが、
私自身は、運営者ではなく、できるときにできるだけ運営をお手伝いする
参加者、利用者だと思っています。

…というか、もちろん、中心となって、事業全体を把握し、進めていく人は団体、組織にとって必要だと思いますが、
東灘こどもカフェのいいところは、運営と参加者にわけ隔てがないことだと思っています。

まちなか食堂自体も、提案して、私がやります!と言ったものの、
結局、こどもカフェのスタッフさんにお任せ状態。
準備、片付けなど、多大なるご負担ご尽力を賜り、
絶対に大変なこともわかっているので、
私は言いだしっぺのくせに巻き込むだけ巻き込んで、大して何もできていない、
と思うのだけれども、
「すみません」「申し訳ありません」よりも
「実現してくださってありがとうございます」
と言ったほうがいいのだろうなあ、言いたくなるのです。

そんな私に対して、きっと思うことがあるいる人もいるはずだけど、
来月もよろしくね、お疲れさん、とおっしゃってくださいます。
そこに甘えつつ、でも今私ができることをやりたい、と試行錯誤したくなります。

そんな、そこにいたい、何かしたいと思えば誰もが受け入れられる風土は、
こどもカフェができたときに、
「過去の栄光を捨てる」
「エラそうにしない」
「一緒に活動する人の悪口は言わない」
ということを決めて活動をしていていることが理由にあげられます。

もちろん、集団になると、苦手な人、嫌いな人、合わない人っていて、
たまには、愚痴やら陰口めいた話もするけれども、
ずっと言い続けず、気になることは本人にはっきり言うし、
ぐさっときても、それを受け止め、思いを伝えあう。
言いたいことが言えるって、そういうこと。

価値観の違いや思いの違いを、善悪や正誤などの対立軸にしないって、
私は、すごく大事なことだなあ、と思います。
エコロジカルシンキングゲームファシリテータとしても、
多様性を認めることは、社会全体をやさしくすることだと思うので。

決してきれいごとばかりで運営できないことは、経験上承知していますが、
土台となる部分をオープンにしているからこそ、こどもカフェで過ごそうと思えば、
居心地がいいのかもしれません。
ちゃんと、定義されている「居場所」があるから。

居場所事業とはちょっと違いますが、
働く親のサークルも、設立当初から、
「誰か1人がするのではなく、それぞれができるときにできることをして、
みんなで運営する」
というスタンスは、変えていないつもりです。

お仕事の状態やお子さんの年齢によっては、それがとても大変な人もいますし、
何年参加していなくても、それはそれで構わなくて、
ふらっと活動に来て、その場にいる人とおしゃべりするだけでも、
自分だけでなく、相手もリフレッシュしたり、触発されたりする、
それだけで、十分だと思っています。

でも、やはり合わない、苦手な人がいる、合わない人がいて、
12年の活動中、それが理由で去っていった人もいるのが現実です。

それでも、いつだって、誰にだってウェルカムな場所にしたい。
そういう人もいるという、多様性を受け入れられる仲間がたくさん
いたらいいなあと思うのです。

そんな思いを押し付ける気はありませんが、
自分のためから、誰かのため、そして社会のために。
ひとりひとりの意識が、それぞれのスピードでシフトチェンジしていくような場所が、
これからの居場所なのかしら? そんな気がしました。

壇上にあがっていた運営者の方々は、それなりに苦しい懐事情もある中で、
それでも続けていこうとされているのは、
本当に、代表も、運営者も、参加者も、全ての人の居場所だからなのだろうなあ、
とお話をうかがっていて思いました。

私は結構、こどもカフェや地域活動、サークル活動を通して、
こういった人の多様性を体感する経験は仕事で役に立っていますし、
逆に仕事で体験したことが、サークルや子育てに生きていたりもします。
世の中は広いです。いろんな人がいます。
みんなと上手くやっていくことは難しいかもしれないけれども、
苦手だわ、と思うことだって正直あるけれども、
そんなこともあるよね、と受け入れた上で、私はこうする!と決めれば
いいわけで。

希薄になりつつある、地域や人の顔が見えるつながりを、
取り戻す?いや、新しく創っていく、居場所事業、
これからも目が離せません。

一緒にやりませんか?というお声も頂くのだけれども、
今しばらくは、私のライフスタイルとしては、運営をお手伝いする参加者的な立場で
関わり続けていきたいなあ、と思っています。
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ごきげんよう。

今日は、梅しごと。
朝方まで残った雨は、梅を運ぶにはちょっと困ったものでしたが、
終わって帰るころには、日差しが出ていてほっとしました。

ひょんなきっかけから知り合った、梅酒ソムリエの金谷さんに、
ここ数年、最高級の南高梅をお願いしています。

今年は、申年の梅といって、
昔、申年に病が流行したとき、その年に実った梅を食べた人は、
病気にかからなかった、という、ありがたい言い伝えがあるそうで、
とても縁起のいい梅の年。

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その上、こーんな大きく、紅が入っている梅は、
市販ではなかなか手に入らない、希少価値の高いものです。

梅しごとを一緒にする人たちは、主にママ仲間。
せっかく、みんなで梅しごとをするのであれば、
「いいもの」を、使いたい。
自分のために、子どもたちのために。

いいものを使うことで、より、生活に手間暇をかけて、
豊かな暮らしをしていることを感じることができて。

土とお日様と、そして和歌山の農家さんが、
大事に育ててくださったものを、大事にいただく。
目で見て、手に触れて、香りをかいで、食べてみて、
(あまりにもいい香りなので、食べてみたくなるのですw)
その豊かさを、みんなで楽しくわけあっている環境は、
子どもたちに、形にはならない何かも伝えてくれる、
そんな気がするのです。

梅干しをつくるのって、そんなに難しくありません。
ズボラな私が、3年続けてちゃんとできているくらいですから(笑)
カビが、とか、腐らせて…というのは、それなりに原因があります。
その原因さえわかれば、ちゃんとできます。

だけどね。
1人で作ろうとすると、なんだか急にハードルが高くなります。
やりたいなあ、と思って、でも何かと理由をつけて、また今度、
なんて思っているうちに、時期が過ぎてしまいがち。

でも、約束をすることで、ちゃんと時間を作ることができて、
おしゃべりしながらわいわいやっていると、
手間、なんてものは、楽しさにかき消されてしまうんですよね。

きっと、昔から、こんな感じで、親から子へ、伝わっていったのかな?
なんて思います。

さて、梅干しができるのは、夏。
寝かせたほうが美味しいのだけど、意識して残しておかなければ、
あっという間に食べつくしてしまいます(笑)

美味しい梅干しになりますように♪
体温計

ごきげんよう。

マイコはん…といっても、私のもとに(身体に)やってきたのは、
マイコプラズマ肺炎はんどす。

ウィキペディア先生によるマイコプラズマ肺炎の説明はこちら→

いつから…というのはよくわからないのです。
日曜日に寝違えた首のせいで、かばっている身体のあちこちが痛いのだろう、と思って、
マッサージを受けに行ったくらい、他に症状がなく、
気が付いたら.38度を超える熱があり、翌朝下がったかと思ったらまた夜に上がって、
何となく出ていた咳がひどくなってきて…

マスク姿の私に、上司が病院に行っておいで、というので、仕事の帰りにかかりつけのお医者さまにかかったら、
問診するや否やすぐにレントゲンを撮り、採血され、すぐに出たその結果が思わしくなく、
その後すぐに検査会社の人に検体を取りに来てもらって検査していただいたら、
なんと、マイコプラズマ肺炎だった、という塩梅でした。

近隣小学校の校医もされている先生、感染者数などの把握もされていて、
私の「風邪」を、風邪という診断で済ませず、すぐに発見できたのは、プロだなあって思いました。
簡単な検査ならすぐにして頂ける設備が整い、院内処方をしてくださるので、
わざわざ処方箋薬局に行かなくてもいいのは、患者にとっては、楽で安心で心強いです。

普段、ちょっとした風邪なら、日にち薬で治してしまうので、滅多に病院には行かないのですが、
「万が一」という症状を見逃さないようにするには、やはり病院にかからないとわからない。
白血球数は、通常値の4倍、炎症値も2倍、
マイコプラズマ肺炎の診断の基準?になる、なんとか、という値(笑)が、かなり高かったのだそうで、
もし、通院しなければ、あちこちに菌をまき散らして生きていたと思うと、ぞっとします。
その道のプロに委ねることは、大事なことですね。

お仕事は急きょお休みをいただき、このまま週末を迎えることになりました。
こういうときに、全員で何とかリカバーしてくださる会社にも感謝。
来週、元気に出勤したら、お仕事がんばります。

それまでは、しばし休憩…
みなさまも夏のお疲れが出ませんよう、お気をつけくださいませ。
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