こころをふんわり軽やかに 日々のあれこれを紡ぎます

2017/051234567891011121314151617181920212223242526272829302017/07

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
こんばんは。
育つチカラを支えるセラピスト ここふわの山本玲子です。

さて、お馴染みの学童話。
今日は、1日の中で起こったことを、オムニバス形式で。
まずは、全体の流れをプロローグで。

今日の学童は、何となく、ざわざわしていました。
私は、障碍児の補助をする担当になっていたのですが、
担当とはいえ、その子には配慮をしながらも、1人だけを保育しているのではなく、
周りの子どもたちの様子を見て、適宜関わったり、声をかけていきます。

3月も、もう5日たってしまいました。
3年生までが在籍できるうちの学童でも、そろそろ、別れの季節が近づいてきています。
3年生のお別れ会の準備を、学年ごとに進めていて、その煩雑さもありながらも、
実際には、笑ったり、泣いたり、楽しくなったり、ケンカもしたり、
なんだかんだ言いながらも思い出のある3年間をすごした場所から離れる寂しさや不安と、
1年、2年共に過ごしてきた下級生たちの寂しさと、学年があがる不安、緊張も含めて、
一致団結したかと思えば、急に足並みが乱れたり、乱したり、
「終息、収束の前にひと花火打ち上げる」そんな感じです。

今年の子どもたちは、正直「荒れた」感があります。
いや、荒れているというか、幼いのかもしれません。

学童は、集団生活ならではの制約はあれど、子どもたちが全てから解き放たれ、
社会的なそだちが起こる、放課後の居場所。
学童の決まりや流れ、できることは、
本来、子どもたちが発信し、保護者、指導員などの大人がそれを受けとめ、話し合い、
決めていくものなのですが、
最近は、指導員が、時間を区切って、ある程度の予定を決めて動かさなければ、
1日がだらだらと終わってしまいそうなのです。

子どもたちは、目の前のちょっとしたことに夢中になれてしまいます。
ちょっとしたすき間時間のおしゃべりやふざけあいでも、彼らは十分楽しくて、
なんでも遊びにできてしまう子どもたちの姿はとてもステキなのですが、
それが、

「本当は外でボール遊びがしたいけれども、できないから」
「ホワイトボードに○時から遊べるって書いてあるから」

とある意味、素直ではあるのだけれども、
そこにあるもの、提示されたもの、現状を、疑いもなく受け入れ、
その中でできることに満足してしまっていることは、
ある意味、自分の気持ちや考えを放棄してしまっていることに近いような気もします。

今日も、おやつは16時からでした。
その前に、前日にあった一部の子どもたちによるトラブルによって、
またまた保育時間を管理しなくてはいけなくなりそうな流れになり、
子どもたちに、そのことに対する注意と指導員の思いを伝えなければならず、
遊ぶ時間が10分ほど少なくなってしまいました。

時間を忘れて遊ぶ、という経験は、とてもステキなことだと思っています。
だから、ちょっとくらい、約束の時間に遅れたって、そうガミガミは言いませんが、
わかっていて、できない。なかなか気持ちが切り替わらない。
それは子どもに求めるには難しいことかもしれませんが、
「約束したことは守る」という、きっと社会に出ても大切な道徳観は、
しっかりと伝え、身に着けてほしいと思うのです。

特に、親が働いていて放課後お家にいない彼らにとっては、
4年生以降、ある程度の時間管理は、自分で行えるようにならないと、誰も指摘してくれない。
遊びやゲーム、テレビに夢中で、宿題をしていない、ということを指摘されたときには、
もう寝る時間になってしまっていた、というようなことになりかねません。
やりたいことをするには、やらなければいけないこともある。
そんなことを、小さなことから1つずつ学んでほしいという願いもあります。

が、彼らは、めいっぱい遊んだ上、約束の時間を10分過ぎても、
指導員が声をかけない限りは、うろうろ、ざわざわ、歩き回っておしゃべりをはじめ、
しばらくすると、ケンカがはじまりました。
やはり、目先の楽しさを追求するあまり、本当の自分は何がしたかったのか、
ぶっ飛んでしまっているんですよね。

正直、そうやって1日が終わっていくのもアリかなあ、と思うこともあります。
遊びの時間が始まる前に話しをしたことは、
ルールや決まりがなくても守らなければいけないことができない子どもたちがいて、
誰も、みんなを苦しめるために決まりをつくったり約束をしているわけではないのに
その1部のお友達がいるから、大人は危ないから、時間がかかりそうだから、
やめておいたほうがいいかも、という考え方になってしまう。
だから、自分たちのために、やりたいことが楽しくたくさんできるようにはどうすればいいかを
それぞれがよく考えて、行動してほしい、ということだったのですが、
あれから30分も経っていないのに、だらだらおしゃべりした挙句、ケンカって!

と、主任がキレたのです。

失敗は誰にでもあります。
時間を忘れてついやってしまった。言いすぎてしまった。やりすぎてしまった。
逆に、言わなかった、しなかった。。。
ケンカだって、しなければ、人の心の痛み、自分の心のぶつけ方もわかりません。
ちょっと肩が当たった、自分の座る場所が狭い、という、
本当に些細なケンカは、大人からしてみればくだらないと思うことでも、
子どもたちの世界では、もう、自分の人生をかけた一大事だったりして。
その気持ちもわかります。
だから、寄り添いたいし、寄り添いつつ、それぞれの方法で乗り越えてほしい。

だけど、あなたたちは、おやつをもう、食べる気はないのでしょうか?
おやつを食べなくてもいいから、遊んだり、じゃれたりケンカをしたかったのかしら?
誰かが、おやつを食べよう、と声をかけなければ、食べられないのかしら?
帰ろうって言わないと、帰らなくてもいいのかしら?

どうした、子どもたち。

結局、おやつが終わったら、帰る用意をして、帰宅。
降所間際に、今日、私がみていた自閉症の子が、おやつが終わったあと、
お部屋のなかで集団遊びがしたかったようで、すべらないように自分で靴下を脱いで、
遊ぶ用意をしていたんよ、という話をしたら、

「俺も遊びたかった。俺が先生に怒られへんかったら、遊べてんな…」

って照れながら話してくれました。

子どもたちは、ちゃんとわかっているんです。
だけど、子ども故に、逸れてしまうこともある。
その子どもらしい部分を愛おしく感じながら、
また、愛を傾けて子どもたちに働きかけていく。

どたばたした1日が、終わりました。



ペタしてねアメンバー募集中
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://letitshine.blog41.fc2.com/tb.php/1160-b956557d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。