こころをふんわり軽やかに 日々のあれこれを紡ぎます

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ごきげんよう。
地球とこころを耕す小麦色のセラピスト
ここふわの山本玲子でございます。

さて。
何となくシリーズ化しちゃう。私のベクトル。
私が今、いろんなことが全て、自然とか環境につながっていくのかを
自分で整理してみる、といったものです。

やっぱり、これなくして語れない、というのが
阪神淡路大震災

私が後々卒論にしたくらい、強烈に印象に残っているのは
「上げ膳据え膳のボランティア」

実家が全壊し、バイト先もつぶれ、大学も休みになった、到って健康な私は、
自宅(当時)の近所の公園を拠点にしていたボランティア団体を尋ねると

被災者の方はゆっくりしていてください、と活動の申し出を断られ、
避難所への帰り道、自転車の前カゴに、ボランティアさんが
「頑張って」と、救援物資のパンを山ほど入れてくださって、
あっという間に、
「カワイソウ ナ ヒサイシャ」
になってしまったのです。

少しずつ、救援物資をもらうことが日常化してしまい、
(でも、当時、買い物ができるような場所ってなかった)
当たり前のようにパンの袋を持っていた私を見た、
当時、先輩だった義兄から

「ものをもらって生きる生活に慣れるのってどうかと思うよ」

と言われ、

人間の尊厳、てナンダロウ?

と、漠然と考えたことがあります。

ともかく生きる、命を助け、つなぐ時期を経たら、
徐々に、人間らしく生きていく方向へ舵をきっていく。
生きる喜びや楽しさ、もちろん悲しさや怒りも含めて、
感情、こころが生きている場所、まちの「環境」

とってもキレイにビルやマンション、お家が建ち並び、
ハード的には復興したように見えても、
復興住宅での孤独死の問題や、商店街の活性化と経営難の問題など、
その中で暮らす、働く、生きる人たちの思いや現実がついていけないことが、
当時はいろいろあったと思います。

そこには、人と人とのかかわり、いわゆる「助け合い」があって…
そして、新住民と言われる、いわゆる被災地の外からの転入者との
意識の違いなんかもクローズアップされたりなんかして…

環境は、人がつくる、人もつくる、ものなのだなあと、
そんな思いを震災から持っていました。

これが、私の地域活動への参加の始まりで、
その後、商店街の活性化事業のお手伝いをしたり、
子育て支援のおてつだいをしたり、
自分でも、教室を持ったり、サークルや団体を作ったり、
という原動力になっています。


(つづきます)


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