こころをふんわり軽やかに 日々のあれこれを紡ぎます

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昨年から、ひょんなきっかけで、小さな畑を使わせていただいています。

プランターではなく、大地の上でお野菜を育てはじめて、新しい季節がきました。
この春植えたのは、春大根とジャガイモ、にんじん、ラディッシュ。

まだまだ手探りでの作業ですが、
今回は、ラディッシュは既にいくつか収穫し、大根らしい葉が茂り、ジャガイモも順調に生育していて、
初夏の収穫が楽しみになってきました。

畑仕事をしていて、いつも心ぐるしくなるのは「間引き」の作業。
間引きをしなくても自然淘汰されていくものもあるのだそうですが、
種をまいて、芽が出たときの喜びはひとしおなのに、
それをこちらの都合で抜いてしまうのです。

なんだか、すごい罪悪感。
根が張っているので、抜くときにも、それなりの力がいるので、
こちらも、そこそこ決断して行動するのです。
もし、植物に口があったら、何っていうんだろう?
強い種を残すために、守るために、必要なことだと思っているのでしょうか。

そんなことは、どれだけ考えてもわからないけど、
以前、バッタのすむところにあえてイネ科の植物が育っているのは、
自分の命をバッタに捧げても、仲間を守って増やしていこうとする何らかの力が働いているのかも、
というお話を聴いたことがあって、
自然の関係は,本当に神秘でいっぱいです。

しかしながら、間引いた葉は「間引き菜」として、食することができます。
昨日も、平均4、5株が寄せあって植わっている株を、2株まで間引きしたら、
(ギリギリまで残しておいたほうが、いいこともあるのだそうです)
たくさんのまびき菜が取れました。
スーパーで買ったら、2~3束にはなるでしょうか?

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小さいながらも、大根が育っているのがわかります。
せめて、この命を、大事にいただければ、と思っていただいてきました。
我が家は夫がおにぎりを持っていくので、みじん切りして炒めて、ふりかけにしました。

そういえば、前の記事で「何が失敗で何が成功かどうかはわからない」ことを教えてもらった白菜は、
この写真の左奥に、数株だけ残しておいたら、すっかりトウ立ちして、莢が膨らんできました。

1世代限りの交配種ではなく、自家採種可能な在来種の種から育てた白菜の上、
周りで他の野菜類は育てていなかったので、おそらく、いい種がとれると思います。
白菜を食べる、ということは上手くいかなくても、その人生をしっかり全うさせることができて、
次につないでいける。そのお手伝いができて、本当によかった。。。

私は、いろんな勉強をして、資格や技術を持っています。
どれも大きく育てられたらいいのですが、
メリハリもなくやってしまうと、いわゆる「器用貧乏」になってしまうのです。
まやさんは、何をやってる人なの?と、非常にわかいにくい。

手に入れた技術や知識は、たとえ本来のものではなくても、
別の分野で生かしていく、別の分野の知識や技術を肥えさせることはできますし、
そういった意味での「間引き」は必要なのかな?とおもってみたり、

今は表に出なくても、表向きは上手くいかなくても、
いつか、そのときの学びや知識、技術が別の形で実っていったり。

そういうこともあるのかな?

なんて、ふと思ったのでした。
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昨年から、ひょんなきっかけで、小さな畑を使わせていただいています。プランターではなく、大地の上でお野菜を育てはじめて、新しい季節がきました。この春植えたのは、春大根とジャガイモ、にんじん、ラディッシュ。まだまだ手探りでの作業ですが、今回は、ラディッシュ...
2012/05/18(金) 20:52:49 | まとめwoネタ速neo
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