こころをふんわり軽やかに 日々のあれこれを紡ぎます

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今朝は、朝から「37歳で医者になった僕」というドラマの録画を見ていました。

恋人の病気、以前勤めていた企業での出来事が発端で、
30歳から医者を目指すようになった主人公が、研修医として、人として奮闘している姿を描いたドラマです。

「人は何歳になってもやり直しができる」というのがテーマで、
今回も、

「他人が引いた線はなかなか消せないけど、自分が引いた線は消せる。身体が不自由でも心が不自由でなければ」

という台詞に、深さを感じました。

実は、私も今年37歳(うわ、カミングアウトしちゃったよ)
だからって私も触発されます、なんて薄っぺらいことは言いません(笑)

主人公は、今まで一般企業(それも有名と言われる)でバリバリ働いていて、
病院内での非効率な仕事のやり方や、患者との関係に、疑問を抱き、ぶつかります。
ある意味、新鮮な空気を入れているところもあり、一定の共感も得ますが、
やはりその場に応じたやり方、意味があっての仕事というのもあるわけで。

担当ではないけれども研修医として病院を選ぶきっかけになった尊敬する先生から

「絶対に正しいことはないけれども、間違っていることはある」
「変わるためにこの病院に来たのなら、ここにとどまるべきだ」

と(いうようなことを)言われるシーンがあって、言葉を失う主人公をみても、
既存の自分(とその考え方)とそれを打ち壊そうとする自分(とその考え方)との
葛藤をしながら、やり直すって、決して簡単なことではないのです。
その覚悟や決心ができた人だけが、本当にやり直せるのだと思います。

一方で、彼は、自分と共に出かけた先の事故により病気を患っている彼女に、

「医者を目指すきっかけは私かもしれないけれども、ずっと患者として見られていることに疲れた。」
「あなたと一緒にいると、私はずっと治らなければいけないと思うから」

と一度別れを切り出されます。
大切な人のため、と一生懸命やっていたとしても、相手に届かないばかりか、
却ってストレスを与えてしまっている場合もあるんですよね。

セラピスト、学童指導員など、対人援助職をしていると、つい
「してあげたい」という思いが強くなることがあります。
それは、仕事をする上での原動力にもなっています。

しかし、誰のためにそれをしているのか?どこかでボタンを掛け違えてしまうと、
目の前のクライアントさんも、子どもたちも「苦しんでいる人」「困っている子」という「枠」をはめて
みてしまいがちになると、本来のその人、子どもたちが持つ魅力や力がみえなくなることがあります。
私も、昔はよくやりましたし、子どもに関しては、今でも熱くなると、自分の気持ちのほうが上回ることも。

気がつけば、落ち着いて、やり直すこともできるんですけどね。

そういう意味では、やり直すという作業は、しっかり自分と、周りの環境を見つめて、
本当に自分がありたい姿と環境をあわせていく、という作業なのかもしれません。

人生にリセットボタンはない、といわれたり、
何歳でもやり直すせる、といわれたり、
どっちやねん!とツッコミいれたくもなりますが、

リセットして、やり直すボタンを押すのは、他でもない、自分自身なんだろうな。
と思った朝でした。
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2012/05/24(木) 11:09:41 | まとめwoネタ速neo
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