こころをふんわり軽やかに 日々のあれこれを紡ぎます

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こんばんは。
地球とこころを耕す小麦色のセラピスト ここふわ山本玲子でございます。

今日は、学童の仕事で、久しぶりに他のお部屋の学童を手伝うことに。

「れいこ先生、今日はここなん?」
とニコニコしながらぴたっとくっついてくる子もいれば、
私の顔を見て、にやっとはにかむ子もいます。
みんなすごくカワイイ


ちなみに、いつもいる学童の子には、今日は雨で一度も外に出ず、
顔を合わせなかったので、「今日、来てたんや」と帰り際に言われました

ある意味、学校というのは、決められたことを決められた時間に、
個性を尊重しつつといえど、集団の中での制約の中で
(学童もそうなんですけどね

「基本とする課題を学ぶ場」です。

そこから解放されるから「放課後」。
彼らが手に入れた「自由」を、謳歌する時間が、放課後かもしれません。
だから、とっても素の表情が出てくるような気がします。
学校で何かあれば、それも表情や「ただいま」の声でわかるし、
もう、今日あったことを話したくて仕方がない子もいます。

中には、今日、「学校であったこと」ではなくて
「朝、ママ(パパ)とケンカして出てきた」
「昨日、お父さんがお土産を買ってきてくれた」
そんな話をしてくれる子もいます。

折りしも先日、友人達が児童養護施設のドキュメンタリー映画
隣る人」を観に行った感想をブログなどで書いていましたが、
(気になっていたけど、イベントがあって私は行けなくて)

今日、子どもたちを見て、ああ、そうか!と思った。
いいことも、悪いことも
(いい悪いなんて簡単に決められないんだけど、その状況において、
ふさわしい行動かそうでない行動か、ということかな)
見ていて欲しいんだって。
子どもたちは、いつだって、誰だって、
ありのままの自分を受け止めてくれる場所や人を求めているんだって。

甘え?ちょっと違うんですよね。
このさじ加減は、どれだけ子どもを理解しているか、だと思います。

子どもを理解するには?
やっぱり、その子と向き合い、関わることだと思います。


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