こころをふんわり軽やかに 日々のあれこれを紡ぎます

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ひとりのこどもを育てるには、村中のみんなの力が必要

という、アフリカのことわざがあるそうです。

仕事がひと段落して、一息ついて携帯をみると、
息子の習い事の時間を1時間遅らせてほしい、と息子に伝えてほしい、
という師匠からのメッセージが。

!!!

ちょうど息子が学校から帰ってきて、家を出るかどうか、という時間。
すぐに家に電話をかけてみても出ず、もう家を出ていないと間に合わない、
という時間に。

待ち合わせの場所は自転車で15分ほどかかる駅前。
1時間待てずに帰ってしまうと、もう出てくるには遠い距離だし、
とりあえず、遅れることを伝えなくては。

でも、息子は携帯電話を持っていません。
さて、どうしたものか。

その待ち合わせの駅は、私が大好きなまちにあります。
知っているお店の人や、住んでいる人がいるまちです。
だれか…と思って、facebookに書き込んでみました。



そうこうしている間に、急ぎの仕事が舞い込みます。
とても携帯を見ている時間はありません。。。

そんなときに、行けます!というコメントとメッセージが。
そして、なんと、もう駅に来てくださっているって!!

息子の写真をメッセージに貼り、おそらく持っているであろう鞄など、
特徴をお伝えして…
まだいないみたい、とのことでしたが、しばらくして、
会えました、とメッセージが入りました。

ほぼ同時に、何人かの方から「私も今駅にいます」という方や、
「時間過ぎたけど大丈夫だった?」というメッセージをいただき、
一緒に仕事をしていた先輩も、
なんか日本も捨てたもんじゃないですよね、と、小さく興奮(笑)

私も、びっくりしました。
そして、急なお願いにもかかわらず、手を差し伸べてくれる人が、
私にも、息子にもいるんだ!ということに、
お願いしておきながら、じんわりと目頭が熱くなりました。

ちなみに、駅で息子をピックアップしてくださった方と、息子は、初対面です。
ですが、自己紹介をしていただいたり、持ち物を見て、
私が、その方が主催したイベントに参加した話をしたのを息子が覚えていて、
きっとその人に違いない、と思ったのだとか。

実は少し心配していたのです。
「お母さんの知り合い」の、一歩間違えたら胡散臭さ満載の声掛けに(笑)
息子がどう反応するか。

前から、息子には話しています。
世の中は、大抵はいい人ばかりだけど、たまに何人か、そうではない人もいる。
あなたが少しでも、何か嫌な感じがする、怖い、と思ったら、すぐに逃げなさい。
でも、そうでなければ、大抵はあなたを助けてくれる人だと思う。
自分の勘を信じなさい、って。

ついこの前、子供に挨拶をしただけなのに、不審者からの声掛け事案となってしまった、という話がありました。
私たち大人は、挨拶をしなさい、というのに、知らない人は不審者になるって、
私は、そのほうがよほど怖い世の中のような気がしています。

子供には、疑うことより、信じることを伝えたい。
だけど、そんなに簡単なことではなくて。
それは、たくさんの人と出会うこと、様々な環境に触れることで、磨かれる、
本人自身の勘と度胸という、何とも心もとないけれどもきっと大切なものだと
思っています。
その感性を養う土壌を作ることが、親の役割だと私は思っています。

助けていただいた方に何ですが(笑)
今回、息子は、声をかけてくれた人を信頼できたようです。
彼の、記憶を含めた動物的勘は、正しい、ということが証明できたってことで(笑)

無事レッスンへ行くことができた息子。
夜は、まちの人たちの慰労会に、息子も参加しました。

ところが、私は、昨日の時点で、今日残業しなくてはいけないことになっていて。
そもそも、開始時間にはどう考えても私は間に合わないのです。
そこで、今朝、幹事さんに
「私は残業で遅れるけれども、息子が先に行きますのでよろしくお願いします。」
と連絡をしました。
幹事さんも、わかった、と快く了承してくださいました。

この集まりも、息子が私のお腹の中にいたときからの知り合いがいて、
地域のお祭りに私が参加できないときも、息子だけでもおいで、って
私が泊まりの仕事の間、祭の店番を一緒に手伝っていたこともあります。
学校の帰り道、大きな声で息子の名前を呼んで手を振ってくれる人もいます。
時には、叱られることもあります。

もちろん、何かあれば、それは親の責任なのかもしれません。
でもね、親だけが子供を育てているんじゃないってこと。
いろんな大人から、いろんな目でみられ、いろんな手が差し伸べられることで、
安心、安全と、お家では教えられないことを教わることができる、
そういったことを、親も、子も、信じる。
ずいぶん生きやすくなるかな?と思います。

…とはいえ。
うちが、息子がこうだから、みなさんもどうぞ、なんて言うつもりはありません。
そんな安直なものではないと思っています。

ただ、私も、あなたも、まちの子供を育てる大切な存在なんだと、と思えれば、
親がいなくても、子供はどこかで育っていけるわけです。
数々の迷惑をかけながら、お互い様といいつつも、
ちょっと負債感を感じちゃったりしながら。。。
そう。私にはまだ、申し訳ないとか、私がダメだから…って思うところ、あります。
お返ししなくては、居心地が悪いな、とも思う。
それを、どうするかは、私自身の課題ではあります。

今日も、たくさんの人にお世話になりました。
ありがとうございます。


ペタしてね



おはようございます。
地球とこころを耕し 育つ力を支えるセラピスト
ここふわのまや翠でございます。

潤う、染み込む、馴染む。
そんなイメージがあります。

何も足さない。何も引かない。
満ちて、引いて、流れて。
自然のままに、あるがままに。

感情の流れ、気持ちに潤いを感じて
(あ、それが汗や涙であってもいいのかもしれない)
もう、慈愛に満ちちゃってください。

今日もお元気で

ペタしてね

おはようございます。
地球とこころを耕し 育つちからを支えるセラピスト
ここふわのまや翠でございます。

現実を見ないで、きっとこうに違いない、って
頭でっかちになっていませんか?

思考が現実になるって言いますが、
考えた以上のことも以下のことも、起こらないのだと思います。
だって、何もしないのだもの。

チャンスは逃がしてしまうかもしれませんが、
逃げて行ったチャンスを、
「あのときこうしていたら」と考えてしまうよりも、
見送る、というのも(見逃すではないのですよ)、
たまにはいいのかもしれません。

今日もお元気で

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おはようございます。
地球とこころを耕し 育つちからを支えるセラピスト
ここふわのまや翠でございます。

今日は、感情や思考がとっちらかってもいいと思います。
思いをストレートに表現してみてはいかがでしょう。
そりゃあ、さざ波が立つかもしれませんが、
そのまっすぐな行為が、今は必要なのだと思います。

今日もお元気で


ペタしてね



おはようございます。
地球とこころを耕し 育つちからを支えるセラピスト
ここふわのまや翠でございます。

あの人みたいな○○が私にもあればいいのに…
あれがあればうまくいくのに…
誰かが、何かがうらやましい、という気持ちが、
自分の「ない」に対して、「持たなければ」という欲求や義務感に
なっていくのかもしれません。

多くを持てば、その一瞬の隙間は埋められるかもしれませんが、
持たなくてもいい、ということを許したほうが、
豊かになるような気はします。

今日もお元気で

ペタしてね

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